FC2ブログ

名もなき黒猫の散歩道

MENU

読了して

こんにちは、黒猫です。先日からせっせと読んでいて本をやっと読み終わったので、自分のためにちょっとした感想を残しておきたいと思います。


読んだのは小説やらエッセイやらではなく、「入門Python3」という(これです)、これまた誰でも何の本かわかるようなものです 笑

正直、これを読む以前に既にPythonの基礎は知っていたので、「確認程度に読み直そう」と考えながら読んでいました。

が。

めちゃくちゃ勉強になりました。結局使ったことがなかったためによく知らなかったSQLのこと、なじみのなかったウェブサーバーのこと、サーバーとクライアントの関係、などなど。さらに、Pythonでこれらのことに上手く対応できるということも、とても良く理解できました。
この本は入門書にしてはハードルが高すぎるとは思いますが 笑、初心者から初級者になった人くらいが読むと、とても世界が広がりそうです。

正直、この本を読み終わったらC#の勉強をちゃんと始めようかと思っていたのですが。。もっとPythonを深めた方が良いのだろうか。。二兎追うと失敗しそうだし。。笑
でも、インタプリタ言語のPythonとは別に、ひとつくらいコンパイル言語を学びたいんですよね。。コンパイル言語は、C++かSwiftかC#かでずっと迷っていましたが、難易度と今までの言語の成熟度合い、普及率を考えるとC#だろうなとは考えています。とりあえずC#も初心者から初級者くらいにはなっておいて損はないか。。

まぁせっかくC#の本も買っているので(←)、C#をやりますか。次回からは少しC#の記事が増えそうですね。誰も期待してないかも知れませんが 笑、お楽しみに。それでは最後まで読んで頂きありがとうございました!

スポンサーサイト

研究と芸術と。

こんにちは、黒猫です。先日、こちらの知り合いとお食事した際に話したことを書き留めておきたいと思ったので、この記事を書くことにしました。


なぜ、研究するのか。なぜ、僕はいま、アカデミック領域で研究したいと思っているのか。

正直に言って現在の僕は、自分が研究能力の高い人間だとは思っていません。アメリカまで来ているくせに何を言っているんだ、と思われる方も多いかも知れませんが、今までに挙げてきた研究成果は、今までにいた研究室の先生方のご尽力と、ちょっとした運のおかげだと僕は感じています。特にアメリカに来て、たくさんの本当に研究能力が高い人(日本人も外国人も)とふれ合ってから、より強くそう感じるようになりました。ただ不思議なことに、自分のことが惨めになったわけではありませんでした。もしかすると、みんな研究テーマがバラバラのため、本当の実力差はわかりにくい環境だからなのかも知れません。もしかすると、僕のレベルが低すぎて他の人の本当の実力が見えないだけなのかも知れません。もしかすると、僕の性格が以前より丸くなったのかも知れません。いずれにせよ、僕は客観的に見て研究能力の高い人間ではないことに、冷静に気付くことができました。

しかし、研究能力が高くないとわかっているのにもかかわらず、相変わらず僕はアカデミック(大学)の研究者になりたいと感じるのです。なぜか。それはおそらく、僕は自分の研究ではなくても、研究という人間の一種の表現行為がとても好きだからなのだと思います。

音楽や絵画は誰もがたやすく芸術として解釈することができる表現のひとつですが、研究成果もまた芸術的な表現のひとつだと僕は捉えています。音楽や絵画を生み出す時、表現者は時空間に潜む非言語的で美しいものを見つけ出し、その表現者が得意な表現手法で他者にわかりやすく伝える、という行為を行っていると考えれば、研究成果を世に出す時、自然の中に潜む明文化されていない物事に名前や文脈を与え、他者にわかりやすく伝えているという点で、研究成果もまた一種の表現行為の産物であるように僕は思うのです。となると、研究者は一種の芸術家であり、研究を行うことは絵を描いたり音楽を奏でることに類似していて、自他問わず研究成果を楽しむことは、絵画や音楽を楽しむこととそう遠いものではないのかも知れません。

僕はとても芸術が好きです。ひとつしか選べないのであれば音楽を選ぶ人間ですが、絵画も好きで、ひとりで美術館に行ったりもします。鑑賞するのが好きなだけでなく、何も考えずにただひたすらギターを弾いたり、パソコン上や紙上に落書きをすることも好きです。正直、僕にもしも類い稀なる音楽や絵画の才能があれば、僕は迷うことなくその道を志していたでしょう。しかし、そんなものは残念ながら僕には備わっておりませんでした。そこで、僕には研究なのです。研究というものは芸術の一つですが、音楽や絵画に比べて努力で挽回できる側面が強くあります。多少努力すれば誰でも平等に、研究の最先端を見ることができますし、先の先まで来てしまえば、あとは見渡す限り漆黒の闇が広がるだけなので、その闇から何を感じ、そこで何をどう表現しようと、とりあえずは赦されてしまうものなのです。その時表現した産物が、闇に光を照らすのか、やはり闇でしかなかったのかは、時を経て他者によって判断されるでしょう。

「研究は過去の知見を基に進むんだから、何を言っても良いわけではないだろう」という批判もあると思います。その通りです。しかしこれは、研究に限ったことではありません。音楽にも絵画にも歴史があり、先人の偉大な芸術家はその時代の移り変わりの中で作品を残しています。つまり、芸術は全て過去の知見に影響を受けていて、連続的であり、決して個々の作品が断片的で互いに素な関係ではないのです。ただ研究の進む速度が他の芸術に比べて異常に速いために、過去から現在までの変化量が大きいので、過去の知見が他の芸術とは比べものにならないくらい大きく感じてしまうのです。

しかし、ある程度は努力で賄われる芸術である研究ですが、どうしても一定量の才能が必要なことも事実です。僕はある程度の努力はしてきたつもりですが、他の人にもたくさん助けられたおかげで、結果として、すばらしい才能を有した研究者がたくさんいる今の環境に身を置いています。僕は研究を行うことが好きではありますが、おそらくこの人達のようなすばらしい研究者にはなれないでしょう。しかし、すばらしい研究者がいたことや、すばらしい研究が行える環境がそこにはあったことを伝えることはできます。僕は今回の経験や、今までの日本での経験を活かして、いつかは日本で自分の次世代の研究者を育て、彼/彼女が立派な研究を行う姿を見届けたいと、考えています。芸術家に自らがなるのではなく、芸術家を生み出す人間になりたいのです。自分で生み出せる芸術には限りがあるけれども、次世代の芸術家をたくさん生み出すことができるのであれば、そこからは自分一人では到底到達することのできないくらい多彩な芸術が広がるでしょう。そんな多彩な芸術が開く光景を、最も近くで見届けたいのです。芸術が人間から生まれる過程をすべて見届けることができ、しかも何度もそれを見届けるチャンスがあるという点は、研究の他の芸術にはないすばらしい点だと僕は感じます。

そんな理由で今の僕は、アカデミックの研究者になりたいと考えています。もちろん自分の研究で手を抜くつもりは全くないのですが(こんなことを書いていますが、負けず嫌いなので、すばらしい研究者になることを完全に諦めきっているわけではない 笑)、40年くらい経ってから、自分より自分の教え子が大活躍していることを、僕は今から楽しみにしています。


・・・やはり日本語の表現技術を磨いた方が良いですね 笑 これは伝わる文章なのだろうか。。読みにくい文章で失礼致しました。それでは最後まで読んで頂き、ありがとうございました!

魚を求めて

大海原へ。


こんにちは、黒猫です。先日、こちらのお知り合いの方に誘われて、船釣り(タラ釣り)へ行ってきました!
あさ6時、Half moon bay という場所からこんな船に乗って、

IMG_7478のコピー

どんぶらこ(?)と揺られながら出発(こんな小さめの船ですが釣り人20人 + 3人の船員さんが乗っています)。
移動中は船員さんが、

IMG_7484のコピー 
こんなふうにイカ(エサ)を裁いてくださいました。そうしている間にも船は進み、

IMG_7492.jpg 
モントレー沖合に1時間くらいかけて到着し、さぁいよいよ開始です!
一面曇り空で、波も穏やかではない条件でしたが、、、

IMG_7491のコピー 
と、早速こんな風に釣れてしまいました(全部タラの仲間らしいです)!その後も、糸を垂らして底まで落とせば1分もしないうちに魚が釣れるという、夢のような状況でした。釣っている最中には大きなクジラを見ることができたりもして、本当に楽しいひとときでした。
この日は、私だけではなくみなさん良く釣れていたようで、本当は午後2時くらいに帰港予定だったはずが、12時過ぎには帰ることができていました(ひとり10匹の制限があるため)。

IMG_7493のコピー 
帰る途中には、このように船員さんが釣った魚を簡単に裁いてくれました。本当に手際よく裁かれていて、ただただその技術のすごさに脱帽です。。200匹ちかくあった魚があっという間に裁かれてしまいました。
また帰る途中、船員さん達がサケ釣りをしていまして、

IMG_7498のコピー 
こんな風に本当に大きなサケを釣っておられました。ただこのサケは養殖サケのようで、お持ち帰りできず、すぐに海に返されていました。残念。
(脂ヒレと呼ばれるヒレを養殖時に切除することで、そのヒレの有無を指標に養殖かどうかを見分けられるようにしているようです)


釣って裁いて貰った魚はお持ち帰りして、食べるのですが、黒猫一人で食べるのは寂しいので、お知り合いの方に調理して頂いて、美味しいところだけを戴くことにしました 笑

IMG_7502.jpg 
IMG_7507.jpg

 本当に美味しかったです。煮魚なんてアメリカに来てから食べていなかったので、懐かしさを噛みしめながら堪能しました。お寿司も、釣ったばかりだからか、すごくネタに弾力がありました。その他数品作って頂きましたが、一つの種類の魚からこれほどまでにたくさんの美味しい料理ができることにただただ感動していました。本当にありがとうございました。

今回、本当は銀ダラを釣るという目標があったのですが、残念ながらそれは叶いませんでした。次回こそは・・・という思いで今はいっぱいですが、果たしてチャンスはあるのかどうか。。でも船釣り自体は本当に楽しかったので、またこちらでも日本でも、いつか挑戦したいと思います。

それではこのあたりで。最後まで読んで下さりありがとうございました!また、お世話になった方々、本当にありがとうございました!


続・まじめに数当てをやってみた

こんにちは黒猫です。今回は前回の続きで、数当てする方法の改善に挑みます。前回記載した、


ランダムのいいところは、1~100全ての数字に対して等しく、1発で当てる可能性を秘めていることです。つまり、数字の当てやすさを全ての数字に対して均等に配分してくれる性質があります。この性質を、無駄がないけれども数字の当てやすさが均等ではない1/2法に足し合わせることができれば、もう少し改善できるかも知れません

という予想に則って、次のような案を考えました。

1. 推測後の可能性のある範囲の大きさが、推測前の可能性のある範囲の大きさの1/3以下になるまでランダムで粘り、1/3以下になったら1/2法で確実に求める(毎回判断ver.1)
2. 1.と同じだが、1回目の推測だけは1/2法を使う(毎回判断ver.2)
3. 開始地点をランダムにして、あとは1/2法で頑張る(はじめだけランダム)
4. はじめ1回は1/2法で全体を2分して、そこからランダムに選んでいく(はじめだけ1/2法)

というわけで1.から順番にシミュレーションしてみました。前回と同様、1~100の各値を答えにした時の試行を各1000回繰り返し、その時の平均値と標準誤差を示しています。

1. 毎回判断ver.1
1.png
ぜ、全然変わらないだと・・・!?ま、まぁこういうこともあるよね・・・汗


2. 毎回判断ver.2
2.png
山がいっぱいできました 笑 少し良くなっている気はしますが、波打っているせいでバラツキが大きいので、もう少し何とかしたいところ。 


3. はじめだけランダム
3.png う、美しい・・・。これだと全体的に6回程度で当てられそうです!


4. はじめだけ1/2法
4.png カモメみたいになってしまいました 笑 全体的にあまり改善されてなさそうです。

というわけで全部を試してみた結果、 3. はじめだけランダム法 が最も優秀そうだということがわかりました!ちなみに謎の数の値を無視して、全体での当てるまでにかかった試行回数の平均値を求めると下のようになりました。
Statics.png
全体的な平均値も、1/2法とはじめだけランダム法とではほとんど変わりませんでした。どうしてはじめだけランダム法ではバラツキがここまで減ったのか、よくよく考えれば当たり前な気もしますが(詳しくは追記へ)、逆に今回学んだのは、「予想ができなくても、プログラミングで網羅的に試してみて仮定を生み出すことができる」ということ知れたことです。やはりプログラミングは新しいモノの見方を与えてくれるような気がします。

こういうことを知ったら、実際に試してみたくなるのが世の常です 笑
というわけで以下に、数当てプログラムを作りました。しかし、今回はあなたが1つ数字を決め、コンピューターがそれを当てる、というものです(前のブログ記事と立場が逆バージョン)。上の結果も踏まえて、コンピューターには6回しかチャンスを与えていません。コンピューターの推理方法も3通りありますので、違いを感じるかどうか、是非試してみて下さい(再生ボタンを押すと始まります)!



それではこのあたりで!最後まで読んで下さりありがとうございました!

まじめに数当てをやってみた

皆さんお久しぶりです、黒猫です。最近色々あってプログラミング(Python3)から遠ざかっていたので、リハビリがてらに今回はまじめに数当てをやることにしました。

え、「数当てって何?」ですって?それはこんなゲームです(ゲーム開始後「降参」と入力すると答えを教えてくれます、昔ここに載せたものとほとんど同じです)。


簡単に言うと、1から100までの中にある「謎の数」を当てるゲームです。毎回、推測した数字が謎の数より大きいか小さいかを教えてくれます。そのヒントを基に謎の数を当てるわけです。

実際、与えられたヒントを基にデタラメに数を推測してやってみると、下のような結果になります。
random.png  
ここでは、1から100までの各値を謎の数に設定して、プログラムにその数字を当てさせています。各値に1000試行かけて、その平均値(と標準誤差)を表したのが上の図です(色は10個毎に変えています)。だいたい8回くらいチャンスがあれば平均的には当てられる、ということになります。


で、今回黒猫が試したのは、「じゃあもう少し工夫して、少ないチャンスで当てられるようにならないのか?」ということです。


少ないチャンスで数を当てるには、どれだけ効率よく候補を絞ることができるかがカギとなりそうです。なのでまずは単純に、「常に可能性のある範囲の数の真ん中を狙う」という方法を考えました(1/2法)。例えば、答えが27なら、

27を当てる 
という感じで6回で当てることができます。これを1~100全ての数でシミュレーションしてみると、
half.png  
となりました。50は1回で確実に当てられるし、おそらくこれが最善策なのでは、と思います。

というより、黒猫は結局これを凌駕する方法を思いつかなかったのです 泣

・・・と、ここで終わっては面白くないので、
7回もかかることがこんなにあったらダメだろう
という難癖をつけ 笑、その解決に挑みました。

ランダムのいいところは、1~100全ての数字に対して等しく、1発で当てる可能性を秘めていることです。つまり、数字の当てやすさを全ての数字に対して均等に配分してくれる性質があります。この性質を、無駄がないけれども数字の当てやすさが均等ではない1/2法に足し合わせることができれば、もう少し改善できるかも知れません。

・・・と、ここでかなりの長さになってきたので、続きは次回にします 笑
ここまで読んで下さってありがとうございました、次回もお楽しみに!





該当の記事は見つかりませんでした。